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「銃口」公演について(その2) (第261回 7月28日 )

 香川医療生活協同組合設立30周年・高松平和病院設立60周年記念の劇団前進座「銃口」公演報告の続きです。

 公演終了後、顔見知りの方が感想を伝えにきてくれました。「申し訳ないが、いい劇だったとは言えない。一つ一つのエピソードが自分の体験と重なり合って、とてもつらかった」というのです。わざわざ感想を伝えにきてくれたのですから、とても「いい舞台」だと感じたのだと思います。余りにリアルな内容だったので、「つらかった」と感じたのだと思います。それくらい、「昭和」の時代を劇の中にリアルに切り取った劇だったのではないでしょうか。お昼の部でも、つらくて途中で帰った方もいたと聞いています。

 折りしも、21世紀の政治のありかたを問う総選挙です。今、政治に何が求められているのかを話しあう機会にしたいと思います。

 公演パンフレットに掲載された「ごあいさつ」の大要紹介の続きです。

 ■ 高松平和病院院長 蓮井 宏樹

 高松平和病院は1949年12月1日瓦町に診療所を開設して以来、1970年に現在の「虹の里」の建物を建て、1984年に現在の病院を建設、1998年に一部改装・増築して今に至っています。

 1980年に香川医療生協が設立されてからは、組合員の皆さまとともに、健康づくり・安心して暮らせるまちづくりに取り組んでまいりました。

 開設当初3人だった職員は、現在県内すべての施設で500人を超えるまでに大きくなりました。

 今後も「医療生協の基本理念と行動指針」に基づく活動を通して職員一人一人が信頼される医療人として成長し、「医療生協の患者の権利章典」を実践して、「いつでも、どこでも、誰でも」安心して医療が受けられるよう、患者さまを中心とした医療の実現を目指して努力する所存です。

 治安維持法下の暗い時代、平和への思いを胸に抱いた人々の物語は、戦後吹き荒れたレッドパージを受けた創設者、故・宮脇済先生の熱い思いにも重なり、われわれの医療活動や「健康をつくる。平和をつくる。」医療生協の取り組みの原点を見つめることにもつながると確信します。

 ■ 医療生協たかまつ理事長 田中 眞治

 「銃口」の舞台の時代は、言論の自由が弾圧され、命や基本的人権の保障もなくひとびとは戦場に駆り出されていきました。戦後、医療に恵まれない労働者、農民、地域の人々と医療従事者が手をたずさえ、いつでも、どこでも、だれもが安心できる医療の実現を目指して全国に民主診療所を作りました。

 このような全国的な医療運動の中で高松平和病院の前身である診療所が、故・宮脇済院長により開院されてから60年がたちました。「銃口」を鑑賞しながら、これまでの60年間を振り返りたいと思います。リヤカーの後ろに看護師さんを乗せて、患者さんに請われればどこまでも往診をし、当時最先端の結核治療である胸郭形成の手術を数多く手がけた宮脇院長から、「無差別・平等の医療を住民とともに」の思想を私たちは受け継いでいます。

 今、絶対的な貧困の広がりによって生活や労働が厳しくなり、国民に矛盾が広がる一方で政治の変革や地域医療を再生しようとする取り組みが全国で広がっています。「銃口」の舞台鑑賞を一時の感動に終わらせず、私たちが歴史から学び、行動するための出発点としたいと思います。


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